今から50年以上前の話です
今では考えられませんが、不動産の個人間売買が日常的に行われていたのでしょう

勤め人だった父は趣味で宮城県内にいくつか土地を買っていました
そのうちの一つを売ることになり、私は父に促され看板を立てる手伝いをしました
場所は泉市(現在の仙台市泉区)です
当時の仙台市を北方向に向かい山道(現在の県道…失礼な😠メインストリートだぜ!)を抜けます
広大な空き地ばかりの一角で草むしりをし、父お手製の「売地」看板を一緒に立てました
一人で本を読むことが好きだった私は手が汚れたことがとても嫌で
一緒についてきたことを後悔しました

あまり良い思い出ではありませんでしたが、なぜか忘れられないお手伝いでした

父は定年近くなると自宅兼事務所で不動産屋をしたいと言い出しました。私の実家はほぼ東南角地で、道路から目につきやすい場所にありました。父がそれを踏まえてここを買ったとは思いませんが、確かに事業をするには程よい場所です。父は機嫌のいい時に「お母さんには事務を手伝ってもらって、自分は自転車で仕事を取ってくるんだ」と常々言っていました。不動産に全く興味がなかった私は呆れ半分冷やかし半分で聞き流し、それは母にとっても同じだったと思います。父はその後、その夢を叶えることなく70歳で亡くなったのですが、不動産屋を開業できなかったことが余程心残りだったのでしょう。身体が滅んだ後は魂を私に乗り移したのです。丈夫な身体を手に入れた父は本領を発揮!そして今、私は導かれるまま自宅兼事務所で不動産会社を経営しています。あの日手が汚れてご機嫌斜めだった女の子は、今や常に軍手を持ち歩く(汚れる事よりもケガ防止)土地好き任売士になりました。

一方不動産会社を営むはずだった東南角地の実家は昨年、母が亡くなり空家になったことから私が相続することになりました。とは言え築50年近い建物です。解体し更地にして売るのがこれまでのセオリーでしたが…時は材料費高騰の真っただ中、高止まりが続き現状収まる兆しが見えません。建築費の跳ね上がりが懸念され、今は土地が売り難くなっているのです(号泣)

ここに引っ越そう!

不動産のプロが古い実家を放置するなどもってのほか、だからと言って在庫として抱えるほど伊藤宅建は体力がない!(何てこった…😂)伊藤宅建にとって、この実家を自宅兼事務所として活用する以外の選択肢はありません。これはもう…

父の思う壺でした!!

【事務所移転のお知らせ】
株式会社伊藤宅建事務所は令和7年10より下記に移転しました!
住所:仙台市青葉区川平三丁目8番36号
※☎番号、FAX番号の変更はありません。

本年も変わらずお付き合いの程、何卒!何卒よろしくお願い申し上げます🙇